あんず・科野の里エリア

2013年7月30日

あんず・科野の里

 

あんず・科野の里 

 

善光寺平の雪がすっかり消えてしまう頃、山あいの里はあんずの花に覆われ淡いピンク色に染まります。上平展望台からは一目十万本の呼び名にたがわない花景色を目の当たりにすることができます。

「日本一のあんずの里」として世に名を馳せてきた千曲市の森・倉科地区。その始まりは元禄時代、伊予宇和島藩主の娘・豊姫が、松代藩主・真田幸道候に輿入れする際、故郷をしのぶよすがに、あんずの種を持参したものといわれています。

当時は種子の中にある「杏仁」が漢方薬(せき止め)として珍重されたため、松代藩が栽培を奨励し、現在のような見事なあんずの里になり、時代が移り変わっても、ここ信州にはあんずの小さな花が春のはじまりを告げにやってきます。また、点在する桜などの花の名所も各所に。

あでやかな花祭りに誘われるように、お出かけください。千曲市の歴史を物語る史跡も、この地域には多く残っています。

毎年、4月上旬あんずの花見、6月第2日曜日科野のムラお田植え祭り、6月下旬あんずの実狩り、11月3日森将軍塚まつりとイベントも満載です。

 

 

【お立ち寄りスポット】

 

森将軍塚古墳

 4世紀頃、この地を治めた大王の墓。全長約100mの日本最大級の竪穴式石室を持つ。
 古墳時代前期の前方後円墳で、周辺の3つの古墳と併せ「埴科古墳群」として国の史跡に指定されている。
 TEL:026‐274‐3400(森将軍塚古墳館)

 

森将軍塚古墳館

 森将軍塚古墳の竪穴式石室や出土した副葬品、埴輪などを実物や模型、映像で展示する。
 古墳頂上への連絡バス(有料)も出ているが、健脚自慢の方は直接古墳まで歩いて登れます。
 TEL:026‐274‐3400(森将軍塚古墳館) 

 

 

長野県立歴史館

 長野県唯一の歴史博物館。古代から現代までの信州の歴史を学べることはもちろん、蔵書類も充実。
 実物大のナウマン象の模型や鎌倉時代の善光寺や製糸工場の様子なども展示され、見て楽しめる作りとなっている。
 TEL:026‐274‐2000(長野県立歴史館)

 

あんずの里スケッチパーク

 昔ながらのあんずの里を再現。母屋には休憩所やあんずの歴史を綴った展示室がある。 
 園内には約20種類のあんずの木が植えられ、直接触れることもできる。
 TEL:026‐275‐1753(千曲市観光交流課)

 

ジャーマンアイリス観光花園

  5月中旬~6月上旬、倉科の約1ヘクタールの花園に約400種ものアイリスが咲き誇る。
 球根をお土産に持ち帰ることができる。入園料無料。
 TEL:026‐272‐4045(ジャーマンアイリス観光花園)  

 

あんずの里アグリパーク

 フラワーガーデンやいちご狩りのほか、軽食コーナーや県内産を中心としたお土産物を取りそろえる売店もあり楽しめる。温室を利用したみかん園も併設。
 メインのいちご狩りは12月~6月
 TEL:026‐273‐4346(あんずの里アグリパーク)

 

あんずの里物産館

 あんず商品を含む各種お土産品、おやきの販売、レストラン営業(昼・夜)を行っている。

 ふれあい広場には、可愛いモルモット・うさぎがおり、家族で楽しめる。

 TEL:026-274-7712(あんずの里物産館)

 

 雨宮の渡し

 第4次川中島の戦いの帰趨(きすう)を制した「雨宮の渡し」。

 武田側の山本勘助による「啄木鳥の戦法」を察知した上杉謙信(当時は上杉政虎)は、この渡し場を越えて八幡原の武田信玄の本陣に突撃しました。

 ただし諸説があり、実際に伝えられている話通りに戦いが進んだのかについては不明です。少なくとも上杉軍はこの渡し場を超えたことは確実かと思われます。
 第4次川中島の戦い(1561年、一騎打ちがあったとされる戦い)の時、武田側の山本勘助による「啄木鳥の戦法」を察知した上杉謙信(当時は上杉政虎)は、この渡し場を越えて八幡原の武 
 田信玄の本陣に突撃したとされています。
 この様子は後に幕末の儒学者、頼山陽の「川中島」の漢詩によりいっそう有名となりました。
 場所は長野電鉄雨宮駅(現在は廃線)の北、徒歩3分、現在は史跡公園として頼山陽の漢詩の碑が建てられています。(碑は頼山陽の真筆を元にしています)
 なお、現在の千曲川の流れは、約800m北方に移動しています。
 TEL:026-275-1753(千曲市観光交流課)
 
観龍寺
 信濃の国三十三番札所の第六番観龍寺は千曲市森の殿入地区にあります。
 住職はおらず、地元の有志の手により維持されています。歴史は1380年ほどの昔に遡り、征夷大将軍坂上田村麻呂が東征のとき創建したと伝えられています。
 茅葺きの寺は情緒豊かで、あんずの里にふさわしいおもむきを備えています。本尊の木造千手観音像は県宝に指定されているが、残念ながら10年ほど前に盗まれ行方が解らないままです。
 天井絵が見事です。
 この寺を目指す場合はいったん「あんず保育園」に行き、園のすぐ東を南北に走る通称「うぐいす線」という市道を南に進んでください。
 約1キロメートルほど進むと左側に観龍寺方面に行く道がありますので、その道に入り、急勾配の道を進むとその先にあります。
 なお、この左折の道はバス等の大型車輌は入れませんのでご注意ください。
 朱印所は観龍寺から約6キロメートルほど離れた稲荷山の長雲寺です。
 TEL:026-275-1753(千曲市観光交流課)
 
妙音寺
 信濃の国三十三番札所の第五番妙音寺は倉科の竹尾地区の最も高い部分にあります。目指す場合は、地区のもっとも東側の山の麓を目指して進んでください。
 住職はおらず、地元の有志の手により維持されています。歴史は1380年ほどの昔に遡り、征夷大将軍坂上田村麻呂が東征のとき創建したと伝えられていますが定かではありません。
 明治初年の廃仏毀釈で帰農した後に再興されました。朱印は寺のすぐ下の民家でいただくことができます。
 TEL:026-275-1753(千曲市観光交流課)
 
須須岐水神社の茅の輪まつり
 茅の輪まつりは毎年7月31日に行われている祭りです。

 本来は暑さで体調を崩しやすい夏の時期を乗り切るために神に祈ったことから始まったようですが、現在では子供たちの健やかな成長を願う意味合いが強まっています。

 まつりの時期になると境内に茅で作った直径2mほどの茅を束ねて作った環状の「茅の輪」が設置され、その輪をくぐることで体が清められるとされ、子供は丈夫に育ち、頭が良くなるとさ  

 れています。

 くぐった印として男の子は墨で、女の子は朱墨で額に印をつけてもらいます。またこの日は神社前の通りは歩行者天国になり露店も建ち並び大変賑やかです。

 なおこのまつりは大変珍しく、長野県内でも千曲市のほか2~3の神社でしか見られないまつりのようです。

 大祓(おおはらい)と呼ぶ地域もあるそうです。

 TEL:026-272-0769(須須岐水神社)

 

雨宮の御神事

 「雨宮の御神事(あめのみやのごじんじ)」は3年に1度雨宮の「雨宮坐日吉神社(あめのみやにいますひよしじんじゃ)」で開催される国の重要無形民俗文化財の祭りです。

 クライマックスの「橋懸かり」の神事は高さ約7mの橋上から4つの獅子が逆さ吊りにされ、水面に頭を打ち付けるようにして踊ります。

 TEL:026-275-1753(千曲市観光交流課)

 

 

 
 

 

  

  

 

お問い合わせ

観光交流課
電話:026-275-1753