全国唯一!「羽柴千句」(はしばせんく)の原本を特別公開します

更新日:2026年01月19日

羽柴千句とは

羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)の中国地方攻めに際し、その戦勝祈願のため、天正6年(1578年)5月18日から20日にかけて開催された連歌会(れんがえ)(※)で詠まれた千句和歌のことです。

羽柴秀吉が主催し、京都にある里村紹巴(さとむら/じょうは)の邸宅で開催されました。各巻百句で、それが10巻あるので全部で千句になります。それゆえ「羽柴千句」と呼ばれます(別名「太閤千句」「西国出陣千句」)。

これまでも江戸時代以降の写本により、羽柴千句の存在は知られていましたが、このたび、全10巻中の9巻目の原本(当時書かれたもの)が、八幡の松田家で発見されました。羽柴千句の原本は、現在知られるかぎりこれが全国唯一のものです。

この貴重な地域の「お宝」を、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の放送にあわせて特別公開します。ぜひ間近でご覧いただき、当時の人々の息吹を感じ取っていただければと思います。

(※)連歌とは、和歌の上の句(5・7・5)と下の句(7・7)を、別の人がそれぞれ続けて詠んでいく形式をいいます。そしてそれを行うために開催された集まりを連歌会といいます。

羽柴千句 第九 1紙目

羽柴千句 第九 冒頭部分(1紙目)

羽柴千句 第九 8紙目

羽柴千句 第九 最後部分(8紙目)

連歌会に参加した人々

羽柴千句(1巻~10巻)に参加した連歌師は21人です。今回発見された9巻には、そのうち16人が参加しています。その中には、当時の連歌会の第一人者であった里村紹巴をはじめ、公家で一番家格の高い摂関家出身の聖護院門跡道澄(連歌では「白」と名乗る)、江戸時代初期の俳人・歌人松永貞徳の父親である永種などの連歌師の名前が見えます。

なお、秀吉も、1巻と10巻でそれぞれ1句ずつ、計2句の歌を詠んでいます。ただし秀吉は、連歌会の行われた天正6年5月前後は中国地方に出陣中であったことから、秀吉が詠んだとされる2句は別人による代作であろうと考えられています。

羽柴千句の連歌会が開催された背景

連歌会が開催された天正6年(1578)5月前後は、播磨国上月城(兵庫県佐用郡佐用町)をめぐり、織田信長の一武将であった羽柴秀吉と中国地方の戦国大名毛利氏との攻防がありました。

上月城は秀吉陣営の城で、尼子勝久が守備していましたが、2月に織田信長に忠誠を誓っていた別所長治が離反したのに乗じ、4月に毛利氏側の吉川氏・小早川氏が上月城を包囲します。5月に秀吉は救援に向かうものの好転せず、7月に上月城の尼子勝久は降伏し毛利氏側が勝利しています。

このような不利な戦局を打開するために、秀吉は里村紹巴に依頼し、羽柴千句の連歌会を開催したのではないかと考えられます。

開催概要

会期

令和8年1月23日(金曜日)から3月1日(日曜日)

会場

武水別神社神官松田邸 展示室

開館日

金曜日・土曜日・日曜日

開館時間

午前9時~午後5時(最終入館は午後4時30分まで)

観覧料

一般300円(250円)、高校生150円(100円)、中学生以下無料

(カッコは20名以上の団体料金)

※障がい者手帳などの交付を受けている方と同伴の介助の方1名は無料

 

関連事業

担当者による展示解説会

開催日

1月24日(土曜日)、2月7日(土曜日)、2月21日(土曜日)、2月28日(土曜日)

時間

午後1時30分から20分程度

※予約不要/参加費無料(ただし観覧料は必要です)

各種ご案内はこちらをご覧ください

チラシ
羽柴千句の写真及び解読文
松田邸ホームページ
松田邸周辺の地図

この記事に関するお問い合わせ先

武水別神社神官松田邸
〒387-0023
長野県千曲市大字八幡3033番地25
電話番号 026-247-8760
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